東京高等裁判所 昭和44年(う)1685号 判決 1970年2月23日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
<前略>
控訴趣意第三点 訴訟手続の法令違反の主張について
所論は原審における梁貴季子の証人尋問は裁判所外で行なわれているが、原裁判所は刑事訴訟法第一五八条第二項に違反して被告人に尋問事項を知る機会を与えず、また、同法第一五九条第一項、同規則第一二六条に違反して、右証人尋問に立ち会わなかつた被告人に証人の供述の内容を知る機会を与えないで右証人尋問調書を証拠としたものであつて、かかる訴訟手続上の法令違反が判決に影響を及ぼすことは明らかであるというのである。
よつて記録を調査すると原審は検察官が取調の請求をした証人梁貴季子をその自宅で尋問する旨公判期日外において決定し、その旨弁護人に告知したが、被告人に右決定を告知し、または、刑事訴訟規則第一〇六条及び第一〇九条により尋問事項を告知した形跡がなく、また、弁護人は右証人尋問に立ち会つたが被告人は立ち会つていないのに同規則第一二六条により被告人に右証人尋問調書が整理されたことを通知して右証人の供述の内容を知る機会を与えた形跡も存しないので、右証人尋問については、刑事訴訟法第一五八条第二項及び第一五九条第一項に違反する訴訟手続上の瑕疵があるものといわなければならない。しかしながら刑事訴訟法第一五八条第二項は被告人及び弁護人に証人に対する充分な反対尋問の機会を保障するための規定であり、同法第一五九条第一項は証人の供述が被告人に予期しなかつた著しい不利益なものである場合に、被告人又は弁護人に更に必要な事項の尋問を請求する機会を与えるためのものであるから、右証人の尋問に立ち会つた者において、被告人が、あらかじめ尋問事項を知る機会を与えられなかつたことにつき異議の申立をし、また、その証人尋問調書の証拠調に際し、被告人が調書整理後すみやかに証人の供述の内容を知る機会を与えられなかつたことにつき異議の申立をし、または、更に必要な事項につき尋問の請求をしない限り責問権を放棄したものとして、右訴訟手続の瑕疵は治癒されるものと解するのが相当であつて、これを記録に徴するに原審において右証人尋問及び証人尋問調書の取調に際し叙上の異議の申立乃至再度の証人尋問の請求のなされた形跡は存しないから右訴訟手続の瑕疵は治癒されたものというべく、右証人尋問の結果(尋問調書)を罪証に供した原判決に所論の違法は存しない。(しかも、当審において右梁貴季子を証人として公判廷において尋問し被告人にも反対尋問の機会を与えたところその証言は大綱において原審証言と変るところはなく、この点から見ても、所論の訴訟手続の瑕疵が判決に影響を及ぼすこと明らかであるとはいえない。)論旨は理由がない。(遠藤吉彦 青柳文雄 菅間英男)